「あーっ!もうやだー!!!」

キーッとわめきながらソファーに置いてあったクッションを、バシバシとソファーの背の部分にぶつける。
それでも胸に残るイライラは治まらない。

「うぅぅ〜っ・・・イライラするっ!!」

口にした所で楽になるわけじゃないけど、黙っているのも耐えられない。
そんな地域限定の小型台風にぶつかってしまったのが・・・悟浄だった。

「うっわー・・・ご機嫌ナナメだな。」

普段なら悟浄を睨むなんて事絶対しない、絶対したくない。
でも今日のあたしの機嫌はかーなーり悪い。

下手すると三蔵にだって喧嘩を売るくらいの勢いで悪い。
近寄ったら噛み付くぞって感じで睨んだけど、それでも悟浄は小さくため息をついてあたしの方へ歩いてきた。

「・・・何。」

「別に、ただソファーに座りたかったダケ。」

「使用中!」

「あ〜らら・・・ほんっと機嫌悪いね、今日。」

ジロリと下から悟浄を睨むと、ホンのちょっとだけ困った顔をしてソファーから降りるとそれに寄り掛かるようにして座った。
そしてそのまま側にあった灰皿を引き寄せてタバコを吸おうとしたから、低い声でそれを止めた。

「・・・タバコいや。」

「はいはい、お姫様の仰せのと〜りに。」

悟浄は手に持っていたハイライトの箱とライターをソファーに座っているあたしの隣に置いた。
これだけ言っても・・・悟浄はあたしの側から離れようとはしない。










ソファーに座って膝を抱えてただただ部屋の隅をじーっと眺めている。

胸のもやもやは時間が経っても消えない。
悪い事に更に重くなって胃に引っかかってるみたい。
さっきまでイライラして物に当たってたのに、今は・・・何もかもが面倒くさくなってしまった。

あー・・・また精神が沈むんだ。
真っ暗闇に落ちるような感覚はいつまで経っても慣れない、否慣れちゃいけない物・・・なんだろうな。


「なぁチャン。」

ふいに床に座ってた悟浄に名前を呼ばれて、いつもの数倍遅い動きでそっちを見た。
悟浄の目が酷く驚いたように見開かれていて、何だか・・・凄く寂しそうな表情になった。
一体悟浄は何を悲しんでいるんだろうって思いながらそれでもあたしの意識を引きつける真っ赤な瞳をただ見つめ続けた。

「・・・隣、座るな。」

今度はあたしの了解を取る間もなく立ち上がるとソファーに腰掛けた。
悟浄が隣に座った事により膝を抱えて座っていた体が不安定になり僅かに右に傾いた。
そのまま肩を引き寄せられて悟浄の肩にもたれる様な格好になっても、あたしの視線は今だ部屋の隅を見つめたままだった。

「・・・」

「・・・」

お互い何も話さずにあたしは部屋の隅を見つめ、悟浄はそんなあたしを見ながら静かにあたしの頭を撫でていた。
まるで壊れ物を扱うかのように、髪の流れに沿ってゆっくりゆっくり手を滑らせていく。






























次第に悟浄の鼓動が聞こえるようになってきた。
それはまるであたしに語りかけているかのようで、それを聞いていると徐々に気持ちが落ち着いていくような気がして自然と目を閉じた。

「・・・チャン?」

「何・・・」

「抱きしめても・・・イイ?」

言葉だけなら疑問形だけど、あたしが何か言うよりも先に悟浄があたしの体をそっと抱きしめていた。

「・・・痛すぎだぜ、その表情カオ

「そう・・・?」

「あぁ・・・マジ痛い。」

いつもの事だよって、言えなかった。
あたしはいつも家で一人だったから、誰に文句を言う事も愚痴を言う事も無かったから・・・だから自分の中に閉じ込めるしかなかった。
吐き出したとしてもイライラが増すばかりで全然楽じゃないから。



悟浄はそれに気付いてくれたの?
話を聞かれるのが辛いって・・・知ってたの?
だから・・・あんなに拒絶したのに、側にいてくれたの?




色々な事が頭に浮かんでは消えていく。
でも今あたしを抱きしめてる腕は現実の物。

悲しみを閉じ込めるかのように膝を抱えていた腕を解いて、ゆっくり・・・ゆっくり悟浄の体へ手を伸ばす。

悟浄・・・

・・・はーい

あたしが大好きな悟浄の返事。
普段なら明るくて、元気で・・・イタズラっぽいはずのその返事が、今日はやけに元気が無い。

「ご・・・
じょう・・・

「はーい・・・」

何だろう・・・胸が苦しいよ、悟浄。

そう伝えようと口を開こうとしても声が出て来ない。
かわりにどんどん視界が歪んでいってしまう。
辛くて、苦しくて・・・唇をギュッと噛み締めて悟浄の服を掴めば、悟浄がギュッと抱きしめてくれる。

「・・・から」

悟浄があたしの強張った体を解すように力強く抱きしめながら耳元に囁く。

「オレが側に・・・いてやるから、だから・・・」

最後の方は悟浄も声になってなかったみたいだけど、あたしの耳にはその言葉がキチンと届いていた。



―――― 泣いてもいい ――――



優しく囁かれた瞬間、体に巻きついていたいばらの棘がゆっくり解かれていくようだった。
それと同時に溢れてきた涙は声にもならず・・・ただただ悟浄の肩に次々と零れていった。

「・・・ご、じょぉ・・・」

「はーい」

「ごじょ・・・」

「・・・はーい」

泣きじゃくりながらたった一つしか知らない言葉を繰り返す。
まるで赤ん坊が大切な者の名前を呼び続けるかのように・・・。

悟浄はあたしが名前を呼ぶたび返事をしてくれて、時折頭を撫でたり背中を叩いたりしてあたしが落ち着くまでずっと・・・ずっと抱きしめていてくれた。




















「・・・寝た、か?」

微かに聞こえる寝息を確認してそっと体を離して顔を覗き込む。
泣きはらして真っ赤になった目と鼻。
それでもその表情からはさっきまでの触れると壊れてしまいそうな脆さは見当たらない。
ホッと息をつきながらも抱きしめていた体を一度離して今度は膝に抱えるように抱きしめる。

「あーぁ・・・真っ赤だな。」

頬には幾筋もの涙の跡が残っている。
オレが着ているシャツの肩の部分も色が変わるほどチャンの涙で濡れてしまった。

「辛いな・・・」

チャンがこんな風に苦しんでいても、抱きしめてやるだけでその原因を聞くことすら出来ない。
そんな自分に腹が立って思わずチャンを支えていない方の手をぐっと握り締める。



いつでも側にいてやりたい。
出来るなら彼女がこんな風になってしまう原因を取り除いてやりたい。
だけど自分は・・・




「―オレとチャンの世界は、違う。」

それがあからさまに現実となる瞬間が訪れる。
彼女の輪郭が次第にぼやけ、今まで膝に乗っていた重みが徐々に軽くなる。
ギュッとその手を握り締めれば、今はまだ温かい・・・だけどすぐにその感覚も薄れていく。
自然とその手に唇を寄せてポツリと呟く。



決して届かない言葉。
言えない言葉。


囁いた言葉が彼女のいなくなった部屋に微かに響く。
あとに残ったのは、チャンが零していった苦しみの涙だけ。

「痛いな・・・」

微笑とも苦笑とも取れない笑顔を浮かべ、さっきまで二人で座っていたソファーに寝転び目を閉じた。
微かに残る彼女の香りとともに・・・





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思いっきり気分が沈んだ時に書いたので・・・珍しく暗いです。
前々から悟浄の「はーい」って言う返事が好きだと公言してる私ですが、これを書いていたら何故かその台詞を書くたび胸が締め付けられます。じゃぁ使うなよって感じですが(苦笑)
こういう元気の無い時、悟浄はその理由を聞かずに側にいてくれる人というのが私の中ではあります。
そういう人といると居心地いいでしょうね、絶対。

元々これはお題として使っていたんですが、復活させるに辺りdark moonへ置くかうたた寝に置くかで迷いました。
けれど、悟浄の切なさが凄く現れている話だと思ったので、うたた寝に持って来ました。
シリアスなんて殆どないから、たまにはいいかなぁと思って(苦笑)
※ちなみにタイトルのBrier princessの意味は「イバラ姫」です。